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2008年05月31日

佐賀県新規採用職員研修

一昨日のことですが、佐賀県新規採用職員の皆さん方に、県の行政職としての研修メニューの中で、知的障害や自閉症を持つ市民とその家族(=市民=納税者)への理解を高める研修を担当させていただきました。

21世紀になって、日本はさらにノーマライゼーションが加速しています。地域に暮らす障害を持つ人たちは増えてきました。
自分とは違って見える人、違って考える人たちが、多様な人生を同じ地域で送っていること、「行政職としての理解」「自分と同じ人間としての理解」などについて、お話させていただきました。

佐賀県では(他県でも同じでしょうが)、知的障害を持つ人たちの施設(今年は授産施設中心)に、この新規採用職員の全員(学校事務員を除く=身近に接する機会があるから)を2日間派遣して、実習体験をさせることになっています。その事前のオリエンテーションとなる研修を担当させていただいたのです。

人を人としてみる、そして、自分を大切にできる人、自分を大切にするからこそ他者を大切にする自分へと育って欲しい、と願い、お話させていただきました。県の仕事をたくさんさせていただいているので、今回出会った諸君とは、いつかきっとどこかで再開することだと思う。
今後どこのどの部署で仕事をすることになっても、どの施策の担当者になっても、いつも知的障害や自閉症、障害を持つ人たちや外国人、動物など、社会の弱者の立場を念頭に置きながら仕事をする行政マンに育って欲しい。

期待している。



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火傷の方は、ようやく昨日から、水がかかっても良いという許可が下りました。
つまり、入浴の際、今までは完全防水でなければならなかったのですが、これからはちょっとはかかっても良いので手数が少しだけ省けます。これにより、今までは毎日通院だったのが、週2回通院となり、やや負担が減りました。

歯科通院はまだ続いておりますが、火傷の方は少し終了の見通しがもててます。

多くの方にご心配をおかけし申し訳ありませんでしたが、このように、だんだん良くなっております。
ありがとうございました。


  

Posted by Tomoko at 08:00Comments(0)お仕事日誌

2008年05月25日

ノースカロライナ大学での再研修(3)

今回のTEACCHのカンファレンスでは、自閉症スペクトラムの人への、認知行動療法も取り上げられていた。

トニー・アトウッド博士は「ソーシャルストーリーズ™は、認知レベルの再構造化である」とよくおっしゃっていたが、ここでも、そのことが認知行動療法の専門家により発表され、その有効性が確認された。

ソーシャルストーリーズ™は、文字という視覚支援を使って、対人関係や世の中のルール、暗黙の了解ごとなどを可視化する、非常に重要な視覚支援であり、概念化に失敗しがちな自閉症の脳の適切な概念化をうまく助けるものである。
脳内の情報整理という点で、構造化と同じ役割を果たすので、TEACCHプログラムでは高機能の人たちのために、非常に頻繁に活用してきた教育技術であるが、ここで改めて、認知行動療法の領域からも、その効用が認められ、むしろ、認知行動療法でも盛んに活用されるようになっているとのことだった。


トニー・アトウッド博士は、今年の12月初旬に再来日予定。
それいゆのセミナー情報をたびたびチェックしてみてください。


  


Posted by Tomoko at 08:45Comments(0)海外見て歩き

2008年05月24日

ノースカロライナ大学での再研修(2)

今回のメイカンファレンスでは、テンプル・グランディン氏の母のユースタシア・コールター女史も講師だった。彼女の話を聞くのは2度目であったが、『自閉症は親の育て方が悪い』という間違った考え方の時代の真っ只中の子育ての話は、相当なご苦労だったのだと改めて思わされた。

今回興味を引かれた新進気鋭の研究者の研究は、自閉症の子どもと遊び、自閉症の子どもの人との遊び、であった。

大人との遊びではない。

子ども同士の遊びの指導とそれによってどのように伸びるのか。。。

かなり素晴らしい研究であって、幼児期にこの実践を丁寧な具体的企画とスーパーバイズがあるならば、効果を望むことができるし、その後の発達にも大きな影響があるとのことだった。

こういった最新の研究のすべてが、どれか1つでうまく行くというものは無い。

子どもをきちんとアセスメントして、その子にあったプログラムをオーダーメイドで作成し、細かく計画し、実践をする。
その積み重ねの成果が成人期に出る。

教育とは、即結果の出ない、地道な取り組みなのだ。
2本の線がまっすぐ同じように進んでいるかのように見えても、ほんのちょっとの違いがあれば、その違いの幅は、当初は目に見えないほどであっても、数10年後には大きな幅となってしまう。

その間、じっと耐えて継続し続けることが出来るかどうか、これがその後の道を分ける。。。



*****

火傷は毎日通院すべきものだったとは。
毎日の通院は今の生活では無理なので、治癒にも時間がかかりそうですが、少しずつ良くなっている模様です。
ご心配おかけしましたが、大丈夫です。
  

Posted by Tomoko at 08:02Comments(0)海外見て歩き

2008年05月20日

火傷

なんと帰国便の乗り継ぎでニューヨークJFK空港のラウンジにいたとき、珈琲メーカーから熱湯が飛び出して、よりにもよって私の足に当たり火傷をしてしまった。JALからは「ご一泊いただいて治療を」と言われたが、そんな暇は無いので、とことん氷で冷やしつつ帰国。その間、トータルで10回くらい氷を付け替えていただいた。フライトアテンダントの方々には良くして頂いた。

帰国早々、歯科通院を予約していたけれど、その前に、皮膚科受診。
2度の火傷。要通院。でも、良くなりはする。

歯科通院のほかに、皮膚科通院も加わったわけで、日常的に内科通院もしているし、手術を控えた整形外科と年数回の検査のための婦人科通院もあり、部屋の中に薬袋がいろいろ目に付き、祖父母がそうだったなぁと、自分にも老いの近づきを感じるところです。
それにしても、通院にも時間を取られるなぁ。



  

2008年05月18日

ノースカロライナ大学での再研修(1)

毎年5月のこの時期は、ノースカロライナ大学に戻って再研修を受けるのが私の習慣となっている。その前後に、あちこち訪問したりもする。

TEACCHインターナショナルインサービスとは、TEACCH部が毎年開催する海外の実践者向けの再研修を目的とした研修会である。私はこれに初年度を覗いて毎年参加していて、2度、発表もした。受講資格と定員の設定があり、招待された者だけが参加できる。2日間。

今回のインサービスの発表は、毎回のごとく多数あったが、私が参加したのは、早期療育と性教育、fMRIによる自閉症の脳機能研究、高機能の人のコミュニケーションの困難さと支援、などであった。主にTEACCH部における最新の研究や実践を海外のTEACCH実践者たちにシェアしてくれる会と位置づけられているが、海外からの実践報告もあり、私はその部分で発表したことがある。しかし、この会のテーマや方針も2~3年のスパンで変更になっているようだ。

そのなかでも、なんといっても目を引いたのが、fMRIによる自閉脳の研究の急速な躍進ぶりである。
とことん、定型発達脳とは異なる部位が活動していることが、明確に示されたし、なぜ視覚支援が大切なのか、手順やスケジュールが視覚的に示されるべきなのか、についても、この研究で証明されてきている。
自閉症の脳研究については、TEACCH部のあるノースカロライナ大学は、医学の名門デューク大学とも連携して研究を進めているが、今回は、デューク大学の若手のホープが発表してくれた。とても感動した。

  

Posted by Tomoko at 18:40Comments(0)海外見て歩き

2008年05月17日

アメリカ東海岸での休暇とペアレントメンター研修

ウィルミントンTEACCHセンターでの早期療育の研修後、ジャック・ウォール博士夫妻のお宅に泊めていただき、リラックスした。電波の届かない地域だったので、日本からの電話もメールも届かず、そういう生活もリラックスするためには重要だなと思った。
ジャックもアンも元気だったし、素敵な引退生活を送っていた。
私もいつかは引退するから、彼らを見習って計画的に実行したいものだと感心した。



月曜日にアトランティック海岸沿いから内陸のチャペルヒルまで3時間半のドライブで移動。


そこでは、佐賀から来た日本の親の代表たちと一緒に、チャペルヒルTEACCHセンターにて、ペアレントメンターシステムについての詳細な打ち合わせとディスカッションを行った。

佐賀では、2003年より、ペアレントメンター制に取り組み始め、2004年には佐賀県佐賀市と制度として取り入れ始めていた。
そして、昨年、アメリカで最初に自閉症をもつ親のためのペアレントメンターシステムを構築したアン・パーマー女史を佐賀にお招きして、具体的なシステムについてご講義頂き、昨年の10月1日付けで、佐賀県から予算を取って佐賀県行政と民間の親の会との協働=官民共同事業として、ペアレントメンターシステムを築き上げ始めたところである。

候補者は、県のHPで公募したが、条件は比較的厳しい。
また、トレーニング(候補者の訓練)にじっくり時間をかける。
そして、トレーニングを修了したからといって、誰もがメンターになれるわけではない。
このすべての条件についても、県のHPで公表されている。

メンターの資質はかなり重要なポイントであり、選抜されるものである。やりたいからやってよいというものでは決して無い。

その点が、この数年、日本自閉症協会がメンターを各地で養成しようとしている事業と、我が佐賀県が推進しているメンター制度と大きく異なっているところだ。私としては、現時点の日本自閉症協会の方法論は、かなり危険を包含していると懸念を禁じえない。


チャペルヒルTEACCHセンターでは、ぐだんのアン・パーマー女史と、今のメンターのリーダーであるルースやグレイという メンターを受け後にメンターになった母親たちの体験談、また、トレーニングのあり方、その後の展開の仕方などについて、昨年教えを請うて実行してきた佐賀の取り組みの報告への助言も含めて、非常に詳しく聞くことができ、多数の助言も頂くことができた。佐賀からわざわざ訪問した親たちには大きなプレゼントとなった。

この日の夕方は、アン・パーマー女史のお宅にお招き頂き、素敵な南部の家庭料理をおもてなし頂いた。アンの3人の子どもたち、自閉症を持つ長男(彼の育ちについては『発達障害と大学進学』クリエイツかもがわ出版、アン・パーマー女史著 に詳述)、すでにアパートメントで一人暮らしをしながら働いている方だが、わざわざ、彼も参加してくれ楽しい時間を持つことができたのは、とても嬉しい思い出となった。

  

Posted by Tomoko at 03:17Comments(2)海外見て歩き

2008年05月13日

ウィルミントンTEACCHセンターでの研修

金曜日の夜中にニューヨークからノースカロライナに移動。
土曜日の午前中は、ノースカロライナ大学TEACCH部が州内に9つ持っている地域センターの1つである、ウィルミントンTEACCHセンターにおいて、最新の自閉症の早期療育について学んだ。この場合、早期療育というのは、1歳台~3歳までである。最近のアメリカは、3歳になれば診断があれば無償で特別支援を受けることができる。それは法律で具体的に決まっている。なので、今、アメリカで早期療育の実践研究といえば、それ以前の年齢のことなのだ。

すでに、佐賀県で実践をしている内容とダブル部分も多々あり、とても頼もしく思ったし、次の手立てについてもアイディアを得ることができ、有意義な研修となった。

なんといっても、カイアが現役復帰に近い仕事ぶりだったのに感激した!



その後、週末は、ジャック・ウォール博士ご夫妻のお宅に滞在させていただき、旧交を温めた。

心休まる時間を持つことができ、とてもリフレッシュできた。

月曜日にチャペルヒルまで移動。さすが、アメリカは1つの移動が数時間は当然。ちょっと運転疲れかも。

チャペルヒルTEACCHセンターでは、佐賀県とそれいゆが導入しているペアレントメンターのシステム化について研修した。

火曜日の今日から4日間連続のハードな研修が始まるところだ。

ここでは、さらに数名の日本から来た参加者と合流した。

  

Posted by Tomoko at 19:27Comments(1)海外見て歩き

2008年05月10日

ニューヨークの特別支援教育とキャリア教育

連休明けは、いきなりニューヨークに飛んだ。
毎年5月のノースカロライナ州チャペルヒルで行われるTEACCHメイカンファレンスに参加するのだが、その往路に昨年ニューヨークに引っ越したクライアントの17歳少年に会うため、例年より出発を早めたのだった。

ニューヨーク便はお昼頃到着するので、この日は、桜満開の春と日光を楽しむ散策により時差調整。
その後、少年に会いに行ったが、さすが自閉症である。国際文化の違いとは異なるところで適応を高め、命を輝かせていた。
彼はIQは高くないが、すでにバイリンガルになっていた。
この言語感覚も、音感の良さも、言語のある自閉症の人が言語学に興味を持つ素養となっているケースは多い。

さて、翌日は、TEACCH部との連携のある、バーチセンターを訪問した。
そこでは幼児教育が中心だが、素晴らしい教育を提供していた。

翌日の今日は、ニューヨーク市の障害者のためのキャリアトレーニングを提供しているCGSという特殊な機関を訪問し、学校教育と職業ハビリテーションプログラムの連携プレイのあり方のことや、実際のキャリア教育と職業訓練の様子を見学させていただいた。

それについてはまた、今度。


  

Posted by Tomoko at 06:10Comments(0)海外見て歩き

2008年05月03日

後期高齢者医療制度は日本文化への反乱?または崩壊?

後期高齢者医療制度に対し、高齢者たちの哀しいまでの悲痛な叫び声がテレビでも続々と報道されている。
後期高齢者医療制度の発想と理念について政府の説明を聞くにつれ、私たちのこの国はいったいどうなってしまったのだろうと、嘆かわしくて恥ずかしくもなる。

私が教育公務員になった30年近く前も、すでに社会保険庁管轄の保険や退職後の退職金の目減りはとっくにうわさされていた。だから何らかの対応策をとられているのかと思っていた。それなのに、この30年も放置されていたのだなと改めて気がつかされる。

社会保険庁の無駄遣いや破綻は、欧米ならば当時の担当者は探し出されて、間違いなく刑事罰に問われている。
なのに、日本は、それをしない。
「破綻したのだから仕方が無い。今後の対応策をとりましょう」と、罪はうやむやにする日本独特の文化のまま進んでいる。

こちらは破綻したのを認めておいて、私たちの国を支えるために第二次大戦後の人生をかけて真面目に生きてきたご高齢の方々は、医療費がかかるから、それは自分で負担しろ、という。

こんな発想が許されるとは、日本の政治家はどうかしちゃっていると思う。

この高齢の方々のおかげで今の日本があるのだ。
私たちが生を受けて今も生きていられるのは、そして、4月30日にガソリンを満タンにしようと、国会議事堂にデモをすることより、ガソリンスタンドに並ぶという行動を選ぶ国民文化に疑問を持たないほどに平和な国を作ってくれたのは、後期高齢者と呼ばれる世代の人たちだ。

高齢の人たちに医療費がかかるのは当然だ。

当然がわかっているのに、国はさらに彼らを苦しめる。

彼らは、「もうお年よりは生きている資格は無いと言われているようだ」等と発言している。無い収入から医療費を負担しなければならないという具体的な生活苦もではあるが、それより身体は弱るばかりなのにお金は取られるばかりで、希望の持てなさに心理的に追い詰めてられている。

「いやいや、お父さん、そんなこと言わないで。私たちには大切なお父さんだから、何にも心配要らないよ。私たちがずっと苦労かけずに生活を見ていくからね」と、子どもや家族は益々思うことになる。こうして、老人介護はさらに各家族の負担とされていくのだ。国や地方自治体が、これまでの国を支えてくれた世代を大切にする気が無いと、切り捨てていくから、ますます、家族の介護負担は増加し、子どものいない高齢者は老老介護と生活苦に追いやられていく。そう、さらに高齢者を抱える家族にもっともっと負担がのしかかることは、まだまったく報道もされていない。

「あなたがたは、生命体の自然淘汰に合うのです」と、国によって宣言され、声を上げても届かず、いのちの終焉を迎えるのか。

私たちの日本は、老を敬う国ではなかったのか。
若者世代の負担が大きいというけれど、では、老齢期の人たちを精神的に追い詰めてでも良いのか。
老齢年金を使い込んだ輩を探し出して刑事罰に問うこともせず、社会保険庁の年金問題の解決も見ないまま、後期高齢者の医療費はその制度のシミュレーションも足りないまま強行採決し、こうして社会問題になっても凍結もせず、たったの2年程度の先延ばしは、何も物事を解決していない。



この発想と制度は、世界中に笑われることだろう。
私はこの後期高齢者医療制度を、心の底から恥ずかしいと思う。



若い世代の負担が大きすぎると政治家は言うが、どこまで本当だろうか?

「ゆりかごから墓場まで」という言葉を生み、その通りの政治実現に努力してきた国、イギリスは、所得税率が最低20%からである。パートでも同じだ。その上、消費税も、生活必需品は非常に率が低いが、贅沢品の率は高い。イギリスに住んでいたとき、税率の違いに戸惑ったが納得もした。

一定の年齢を過ぎた高齢者は医療費も何もかも守られて、余生を心安らかに送ることができるように制度を整えている北欧(スカンジナビア諸国)は、所得税率50%から。デンマークの友達たちは、所得税率の高さに文句は無いどころか、生活や学費、老後が保障されているから、国に感謝しているとまで言っていた。所得税率5割とは本当に高いと思って数人に聞いたが、誰もが「子どもの学費だし、家族の医療費だし、老後のために貯金しているのと同じだから」と口を揃えた。つまり、国を本当に信用しているのだ。

私たちの日本だって、歴史的に中央集権に馴らされているから国を心から信じてきた。だからこそ、保険料を支払ってきたが、保険は破綻し、誰も罪に問われない。社会保険の無駄遣いのひどさは未だに収拾がついていない。これ以上無駄遣いはしないという保証はどこにも無い。信用もできない。

血税の使い道に五月蝿い国民である英国民は、すべての国の省庁に、第3機関が設置されて、常にお金の収支を見張る制度を持っている。国を信じるためだからこそ、それくらい必要なのだと、今回の政府の失態に思い知らされた。日本も第3機関を設置してお金の出入りを、綿密に調べるべきだ。そのような機関を置くべきではなかろうか。


これらの国々は、税率が高くても国民が納得するように、政府からの数年かけての説明があるのだ。
グリーンペーパー、ホワイトペーパーと、法案が提出されてから数年間かけて、与野党が一丸となってシミュレーションして修正する期間をおく習慣があるが、日本にはこれがなく、各党が提出する法案は党内のみで訂正するのであって、国会は通すか通さないかの議論だけだ。

つまり、私たちの日本は未熟なままの法案が通ってしまって説明が少ないうちに施行になる。強行採決の法案は、その存在すらも国民には良く見えない。代議士というが、最近の国民と国会の間で情報整理をしているのは、代議士たちというよりメディアだから、メディアが気づいて報道してくれないと、私たちは知りようも無い。




敬老の日  


こういう祝日の設定のある国は、日本のほかにどこにあるのだろう。

今年の敬老の日を、私たち国民の各世代は、一体どのような思いで迎えるのだろうか。


  

Posted by Tomoko at 07:45Comments(1)時事