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2009年10月16日
ASDの指
先日、ギルバーグ先生に伺った話ですが、典型的な定型女性は人差し指が薬指より長く、男性は人差し指の方が薬指より短いそうです。そして、Extreme Mail Brain の自閉症の人は、基本的に、薬指の方が長い=男性と同様になりがちなのだそうです。
そういう生物学的なことも、どんどんどんどん解明されているんですね。
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これは、妊娠中に胎児が接する、子宮内のある特定の物質の量の多い少ないが関係しているそうですよ。
そういう生物学的なことも、どんどんどんどん解明されているんですね。
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これは、妊娠中に胎児が接する、子宮内のある特定の物質の量の多い少ないが関係しているそうですよ。
2009年08月04日
13歳の少女の思い
この間、あるお母様と話していたら、娘に、もっと早く自閉症だとわかったら良かったのに。自分は幼稚園の時には自分は他の子とは違うとわかっていたのに。と責められたのだそうです。その子は13歳。
2009年08月04日
般化は弱点なんです
この間、あるお母さんが、「うちの子、家や学校ではある程度できるのに、実習に行ったら評価が低くて、何もできないと言われてショックだった」と打ちひしがれておられました。
ASDの人の弱点は、特定の場所(文脈)でできるようになっても、それを他の場面に応用する力、すなわち、般化が苦手なんです。それはもう、ずいぶん前から知られていることであり、保護者会やお母さんの勉強会や、学校の先生たちの研修会などで、口を酸っぱくして話して来た事です。
ASDの人は、その代わり、ルーティンワークは得意なんです。
だから、『いつも同じ』生活だと、できることは増えます。落ち着きも増します。
ということは、学校に通っている間は、指導によってだんだんできるようになることもあるけど、その「できること」も、文脈が違えばまったくできない、恐慌に陥る、あるいは、フリーズして何もできなくなる、ということは多々あるんです。
だから、家や学校でできるようになっても、学校に適応するようになっても、社会に出たときに同じレベルでできるわけじゃないんですよ、心構えしていてくださいね、と、保護者の方にも学校の先生方にもお伝えするんですが、なかなかわかってもらえないこともあります。
般化に問題があるんです。
般化を助けるためには、ASDの人の強みである視覚支援を活用して『記憶』の特異性を生かす、これが一番、般化を助けることに直結するんです。
すなわち、学校時代に構造化を活用する生活に慣れていると、場面が変わる現場実習や社会に出たときも視覚支援が記憶の特異性をうまく刺激して、般化の橋渡しをしてくれるので、社会適応は早いんです。
っというわけで、学校こそ、これからの時代、視覚支援や構造化を多用しておくこと、子どもたちはその活用に習熟していくこと、そのように学校生活と学校での支援を組み立てることこそが、成人期の安定した適応生活を構築する基盤づくりとなるのです。
っというお話を、今日はさせていただこうと思いながら、今、関空からJR特急はるかに乗って、京都に向かっているところです。
今日は多くの京都の先生方にお目にかかります。
よろしくお願いします。
ASDの人の弱点は、特定の場所(文脈)でできるようになっても、それを他の場面に応用する力、すなわち、般化が苦手なんです。それはもう、ずいぶん前から知られていることであり、保護者会やお母さんの勉強会や、学校の先生たちの研修会などで、口を酸っぱくして話して来た事です。
ASDの人は、その代わり、ルーティンワークは得意なんです。
だから、『いつも同じ』生活だと、できることは増えます。落ち着きも増します。
ということは、学校に通っている間は、指導によってだんだんできるようになることもあるけど、その「できること」も、文脈が違えばまったくできない、恐慌に陥る、あるいは、フリーズして何もできなくなる、ということは多々あるんです。
だから、家や学校でできるようになっても、学校に適応するようになっても、社会に出たときに同じレベルでできるわけじゃないんですよ、心構えしていてくださいね、と、保護者の方にも学校の先生方にもお伝えするんですが、なかなかわかってもらえないこともあります。
般化に問題があるんです。
般化を助けるためには、ASDの人の強みである視覚支援を活用して『記憶』の特異性を生かす、これが一番、般化を助けることに直結するんです。
すなわち、学校時代に構造化を活用する生活に慣れていると、場面が変わる現場実習や社会に出たときも視覚支援が記憶の特異性をうまく刺激して、般化の橋渡しをしてくれるので、社会適応は早いんです。
っというわけで、学校こそ、これからの時代、視覚支援や構造化を多用しておくこと、子どもたちはその活用に習熟していくこと、そのように学校生活と学校での支援を組み立てることこそが、成人期の安定した適応生活を構築する基盤づくりとなるのです。
っというお話を、今日はさせていただこうと思いながら、今、関空からJR特急はるかに乗って、京都に向かっているところです。
今日は多くの京都の先生方にお目にかかります。
よろしくお願いします。
2009年08月01日
魔女の宅急便と修行
昨夜、宮崎アニメの『魔女の宅急便』が放映されていましたね。
懐かしかったな。
初めて『魔女の宅急便』が公開されたのはいつのことだったろう?
あの映画を見に行って、「魔女になる!!」「魔女になりたい!」と言い出した高機能のASDの子どもたちがいっぱいいました。
定型発達の頭からは、「まぁ、なんて夢みたいなことを」と思ったり、そもそも、自閉症の子どもの発言は、ときに詩的ですから、「子どもらしい夢だな」なんて、楽観的に受け止めがちなんですが、
彼らは本気でしたから、
本当に、箒にまたがって、2階の屋根から飛び降りてみたりした子がいたもんです。
何人か、怪我したなぁ。
ある女の子も、怪我をしました。
その子のIQは、聞いたことがないほど高くて、IQ170くらいじゃなかったかな。
ある意味、天才児。
でも、ASD.
かんしゃくも激しく、微細なことのこだわりもすごかった。理屈っぽくてねぇ。
ある意味、育てにくさは数百倍だったかも。
周りの大人は手を焼いていましたね。
その子も箒に乗って飛んでみたら飛べなくて、骨折をしたんです。
しばらくベッドに縛り付けられ、泣きくれていました。
「私、KIKIと何が違うの?どこを間違って飛べなかったの?箒が違っていたの?でも、Kikiは、デッキブラシでも飛べてた」 と、乾かぬ涙を拭きながら聞いたんです。「私、ぜったいに、魔女になりたいの」
それで、母は、「魔女になるには修行しなくちゃね。ほら、Kikiも修行に出たじゃありませんか」
「あ、ホントだ。どうやって修行すれば良いの?」
母、「お母さんも魔女じゃないからよくわからないけど、こういう修行をやってはどうかしら?」と。
母が提案した‘修行’は、 掃除、洗濯、料理、買い物、片付けなどなど。
そこはASD. 手順書があれば完璧にこなし、1年も経たないうちに、母はいなくても家事はすべてできている、そんな子どもになりました。
そしてまた、そこがASD
興味関心のアテンションはすでに別物にうつり、「魔女になりたい」強い思いは去り、魔女にならなくても良いのだけど、掃除、洗濯、料理、買い物、片づけをする生活ルーティンはすでに確立。
将来一人暮らし、あるいはグループホームで暮らすための基本的生活習慣は確立してしまいました。
「そんな夢みたいなこと言わないの!」と叱らずに、現実離れした夢を強い動機として、HFAにありがちな苦手だったり取り組みたくなかったりした生活スキルに目を向けさせたお母さんの機転は、素晴らしかった。
そんなこともあったなぁ。
その女の子もすでに成人を過ぎ、支援を受けながら地域で落ち着いた生活をしています。
魔女になりたかったことがあったことなど、とっくに忘れて。
いや、失礼! 自閉脳は忘れることは無いんだけど、思い出すことも無いだけですね。
だって、彼らは常に前を向いて生活しているから。彼らの脳は、‘今’と‘今の次のこと’が中心の関心ごとであることが多いのです。
だから、過去は振り返らない(ネガティブすぎる過去はフラッシュバックするが)、未来は想定が難しい(または現実離れしすぎた想定に不安になることも)。
あの頃、日本中で ジジという名の猫も、増えましたよね。。。
夕べは全編通して見ることはできませんでしたが、最初と最後のユーミンの曲のところは、どちらもロールのところですが、見ることができました。あの映画を見たときに、大好きなユーミンの曲がこんな風にこの映画にマッチしているところにも、いくばくか感動したことも思い出します。
音楽と共に、優しい記憶が呼び覚まされ、少しだけほんわか気分に浸ってました。
懐かしかったな。
初めて『魔女の宅急便』が公開されたのはいつのことだったろう?
あの映画を見に行って、「魔女になる!!」「魔女になりたい!」と言い出した高機能のASDの子どもたちがいっぱいいました。
定型発達の頭からは、「まぁ、なんて夢みたいなことを」と思ったり、そもそも、自閉症の子どもの発言は、ときに詩的ですから、「子どもらしい夢だな」なんて、楽観的に受け止めがちなんですが、
彼らは本気でしたから、
本当に、箒にまたがって、2階の屋根から飛び降りてみたりした子がいたもんです。
何人か、怪我したなぁ。
ある女の子も、怪我をしました。
その子のIQは、聞いたことがないほど高くて、IQ170くらいじゃなかったかな。
ある意味、天才児。
でも、ASD.
かんしゃくも激しく、微細なことのこだわりもすごかった。理屈っぽくてねぇ。
ある意味、育てにくさは数百倍だったかも。
周りの大人は手を焼いていましたね。
その子も箒に乗って飛んでみたら飛べなくて、骨折をしたんです。
しばらくベッドに縛り付けられ、泣きくれていました。
「私、KIKIと何が違うの?どこを間違って飛べなかったの?箒が違っていたの?でも、Kikiは、デッキブラシでも飛べてた」 と、乾かぬ涙を拭きながら聞いたんです。「私、ぜったいに、魔女になりたいの」
それで、母は、「魔女になるには修行しなくちゃね。ほら、Kikiも修行に出たじゃありませんか」
「あ、ホントだ。どうやって修行すれば良いの?」
母、「お母さんも魔女じゃないからよくわからないけど、こういう修行をやってはどうかしら?」と。
母が提案した‘修行’は、 掃除、洗濯、料理、買い物、片付けなどなど。
そこはASD. 手順書があれば完璧にこなし、1年も経たないうちに、母はいなくても家事はすべてできている、そんな子どもになりました。
そしてまた、そこがASD
興味関心のアテンションはすでに別物にうつり、「魔女になりたい」強い思いは去り、魔女にならなくても良いのだけど、掃除、洗濯、料理、買い物、片づけをする生活ルーティンはすでに確立。
将来一人暮らし、あるいはグループホームで暮らすための基本的生活習慣は確立してしまいました。
「そんな夢みたいなこと言わないの!」と叱らずに、現実離れした夢を強い動機として、HFAにありがちな苦手だったり取り組みたくなかったりした生活スキルに目を向けさせたお母さんの機転は、素晴らしかった。
そんなこともあったなぁ。
その女の子もすでに成人を過ぎ、支援を受けながら地域で落ち着いた生活をしています。
魔女になりたかったことがあったことなど、とっくに忘れて。
いや、失礼! 自閉脳は忘れることは無いんだけど、思い出すことも無いだけですね。
だって、彼らは常に前を向いて生活しているから。彼らの脳は、‘今’と‘今の次のこと’が中心の関心ごとであることが多いのです。
だから、過去は振り返らない(ネガティブすぎる過去はフラッシュバックするが)、未来は想定が難しい(または現実離れしすぎた想定に不安になることも)。
あの頃、日本中で ジジという名の猫も、増えましたよね。。。

夕べは全編通して見ることはできませんでしたが、最初と最後のユーミンの曲のところは、どちらもロールのところですが、見ることができました。あの映画を見たときに、大好きなユーミンの曲がこんな風にこの映画にマッチしているところにも、いくばくか感動したことも思い出します。
音楽と共に、優しい記憶が呼び覚まされ、少しだけほんわか気分に浸ってました。
2009年07月29日
アダムADAM
アトウッド先生からメールを頂きました。上記のADAMという映画の紹介をしてくださいました。
とても素敵なラブストーリーだそうです。
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ADAMはニューヨークに住む、アスペルガー症候群を持つ男性。
ある日、近所に、非常に開けた考えを持つ若い女性ベスが引っ越してきて。。
続きは、映画で。。
日本で公開されるのかしら?
2008年07月04日
ASDの成人支援~キムの場合
茂木さんは、フジテレビの『ベストハウス123』で自閉症の人たちのうち、特殊な才能を持つサヴァン症候群の人たちを紹介しながらも、佐賀にいる間の番組予告として、生活や支援は大変だろうということもきちんとお話されていた。つまり、類まれな才能を持ちながらも障害があるということの人生に与える影響の別の部分もきちんと見ておられた。
番組の中ではその趣旨から外れるからだろうが、言及されなかったことが多数あったのだ。
私は支援者としては、ベストハウス123で紹介されたキム・ピークの今の生活実情が、実はかなり衝撃的だった。
今のアメリカで、80代の親と二人きりの生活を送るなんて、どうしてそんなことになったのだろうか?
直ちにノースカロライナやニューヨーク、カリフォルニアの自閉症領域の支援のプロたちにメールした。私にキムが住んでいるユタ州には知人がいなかったので実情はわからないが、彼らも「Quite a strange story 奇妙だ」と口を揃えた。
なぜいまだに親と暮らしているのだろう?
親と暮らしていることがQOLの高さの証明とはならないからだ。
それは、父親フランの決断なのだろうか、ケースマネージャーたちはどういう判断をしているのだろう?
キム本人も望んだのだろうが、変化への対応が苦手な自閉症の人たちは、年をとれば取るほど、さらに実行機能障害の度合いは増し、親の老化も大きな変化の一部となるから、QOLの維持のためにも変化への苦痛を減らすためにも、客観的判断もアメリカでは重要視されるものだ。本人と家族のエイジングを意識した自閉症の成人支援は、それなりの観点を持って決断される必要があるのだ。
それでも、この方が幸せと判断されたのならば、それはどの機軸によってだろうか。
『レインマン』でも、家族愛で一緒に暮らすより、離れて暮らす方がお互いの幸せと決断されたのだったが。もちろん、むしろ、レイモンドのため、と、判断がなされたのだった。
『レインマン』のレイモンドも、母の死によって、そして再び、父の死によって、人生が大きく変わってしまったのだ。
お互いの幸せとは?
家庭訪問支援はどのくらいの頻度なのだろう?
キム・ピークとフラン・ピークの場合は、アメリカ国内の事例としては珍しくはないだろうか。
それとも、そうではないのだろうか。
少なくとも、毎年ノースカロライナに行くついでにあちこちの州を見て回っている私の目には、衝撃的な事実ではあった。
ユタ州の制度はどうなっているのだろうか。
番組の中ではその趣旨から外れるからだろうが、言及されなかったことが多数あったのだ。
私は支援者としては、ベストハウス123で紹介されたキム・ピークの今の生活実情が、実はかなり衝撃的だった。
今のアメリカで、80代の親と二人きりの生活を送るなんて、どうしてそんなことになったのだろうか?
直ちにノースカロライナやニューヨーク、カリフォルニアの自閉症領域の支援のプロたちにメールした。私にキムが住んでいるユタ州には知人がいなかったので実情はわからないが、彼らも「Quite a strange story 奇妙だ」と口を揃えた。
なぜいまだに親と暮らしているのだろう?
親と暮らしていることがQOLの高さの証明とはならないからだ。
それは、父親フランの決断なのだろうか、ケースマネージャーたちはどういう判断をしているのだろう?
キム本人も望んだのだろうが、変化への対応が苦手な自閉症の人たちは、年をとれば取るほど、さらに実行機能障害の度合いは増し、親の老化も大きな変化の一部となるから、QOLの維持のためにも変化への苦痛を減らすためにも、客観的判断もアメリカでは重要視されるものだ。本人と家族のエイジングを意識した自閉症の成人支援は、それなりの観点を持って決断される必要があるのだ。
それでも、この方が幸せと判断されたのならば、それはどの機軸によってだろうか。
『レインマン』でも、家族愛で一緒に暮らすより、離れて暮らす方がお互いの幸せと決断されたのだったが。もちろん、むしろ、レイモンドのため、と、判断がなされたのだった。
『レインマン』のレイモンドも、母の死によって、そして再び、父の死によって、人生が大きく変わってしまったのだ。
お互いの幸せとは?
家庭訪問支援はどのくらいの頻度なのだろう?
キム・ピークとフラン・ピークの場合は、アメリカ国内の事例としては珍しくはないだろうか。
それとも、そうではないのだろうか。
少なくとも、毎年ノースカロライナに行くついでにあちこちの州を見て回っている私の目には、衝撃的な事実ではあった。
ユタ州の制度はどうなっているのだろうか。
2008年07月03日
The Best House 123(フジTV)
私の立場では感想をここに書くのが難しい番組だったなぁ。正直言って。
(映画『レインマン』の、最後のシーンで迎えに来て列車にレイモンドと一緒に乗っていく専門家の立場と同じだもの)
でも、ちょっとだけコメントをここに。
茂木さんだから、そして、ゴールデンタイムの若者向けのバラエティ番組だから良かった、という部分が大きいですね。そういう編集でしたね。その目的は当たったと思う。
日本の、普段、自閉症とはかかわりの少ないだろう若者たちがものすごくたくさん見ただろうな。
自閉脳の不可思議さ、可能性、素敵な人たちだということが伝わっただろうな。
シンプルにその面では、とても良かったな。
電話帳を暗記する少年、何百年前も何十年後でもいつの曜日も完璧に言い当てる少年、映画『マーキュリー・ライジング』みたいに複雑怪奇な暗号を読み解く少年、プロ野球の記録を戦前から全部いえる少年、ものすごい絵画を描く少女、はじめからでも途中からでも最後からでも自分が脳の中で作曲したスコアを書き上げることのできる青年、1回通してみただけの広辞苑をすべて暗記している少年、教えていないのに英語で日記を書く青年、共感覚の人などなど
この業界の支援の実践現場にどっぷりつかって仕事していると、どこででもしょっちゅう出会う人たちです。
この佐賀にだっていますよ。
でもどうして彼らが、この日本という国の中で、あのテレビに出てきた人たちみたいに見えないか、あるいは、尊重されていないのか、ということを、この番組を見て、その後、ちょっとでも思っていただけたらな、と、思いました。
番組の中で茂木さんが言った『愛は脳を変える』とは、『愛は発達障害を治す』ということではありません。茂木さんもそれは意図されていないと私にはわかります。茂木さんも、incurable とおっしゃっていました。
ついつい、日本人は、普通じゃないことを容認できないというか、『愛で治して普通にする』と思考が向いてしまいがちなので、それが日本文化の特性でもあるので、そのことは確認しましょう。
下世話かもしれませんが、茂木さんの言葉の一般向け通訳です。
『愛は事実の見方受け止め方を変える』(家族側)とか、『愛は学習の不可能を一部可能にする』(本人側)ということはあったでしょう。
現実的過ぎますかしらね。
でも、事実に目を向けるガイド役が私の立場なので。
そして、その事実を踏まえた上で、雑草に隠れている野に咲く小さな花に光を当てるのが私の役割なので。
隠れているのを見つけ出して、地ならしをし、肥料を与え、周囲の間引きをして、息が出来るようにする。そして、少しでも自分らしく秘めやかにささやかに、しかし、「一寸の虫も五分の魂」と輝くように手伝うのが私の仕事なのだから。
どこに奇跡を見るかは、垣間見る人次第でもあるのです。
サヴァン症候群については、また書こうと思います。
私はウィル(ト)シャーには会ったことあるし、キムについても、いろいろと支援の実践家としては思うことがあるので、この番組をたくさんの方がご覧になったことの効果も期待するので、考えたことを、これからときどき不連続に書きたいなと思います。
不連続、不定期ですけど。
(映画『レインマン』の、最後のシーンで迎えに来て列車にレイモンドと一緒に乗っていく専門家の立場と同じだもの)
でも、ちょっとだけコメントをここに。
茂木さんだから、そして、ゴールデンタイムの若者向けのバラエティ番組だから良かった、という部分が大きいですね。そういう編集でしたね。その目的は当たったと思う。
日本の、普段、自閉症とはかかわりの少ないだろう若者たちがものすごくたくさん見ただろうな。
自閉脳の不可思議さ、可能性、素敵な人たちだということが伝わっただろうな。
シンプルにその面では、とても良かったな。
電話帳を暗記する少年、何百年前も何十年後でもいつの曜日も完璧に言い当てる少年、映画『マーキュリー・ライジング』みたいに複雑怪奇な暗号を読み解く少年、プロ野球の記録を戦前から全部いえる少年、ものすごい絵画を描く少女、はじめからでも途中からでも最後からでも自分が脳の中で作曲したスコアを書き上げることのできる青年、1回通してみただけの広辞苑をすべて暗記している少年、教えていないのに英語で日記を書く青年、共感覚の人などなど
この業界の支援の実践現場にどっぷりつかって仕事していると、どこででもしょっちゅう出会う人たちです。
この佐賀にだっていますよ。
でもどうして彼らが、この日本という国の中で、あのテレビに出てきた人たちみたいに見えないか、あるいは、尊重されていないのか、ということを、この番組を見て、その後、ちょっとでも思っていただけたらな、と、思いました。
番組の中で茂木さんが言った『愛は脳を変える』とは、『愛は発達障害を治す』ということではありません。茂木さんもそれは意図されていないと私にはわかります。茂木さんも、incurable とおっしゃっていました。
ついつい、日本人は、普通じゃないことを容認できないというか、『愛で治して普通にする』と思考が向いてしまいがちなので、それが日本文化の特性でもあるので、そのことは確認しましょう。
下世話かもしれませんが、茂木さんの言葉の一般向け通訳です。
『愛は事実の見方受け止め方を変える』(家族側)とか、『愛は学習の不可能を一部可能にする』(本人側)ということはあったでしょう。
現実的過ぎますかしらね。
でも、事実に目を向けるガイド役が私の立場なので。
そして、その事実を踏まえた上で、雑草に隠れている野に咲く小さな花に光を当てるのが私の役割なので。
隠れているのを見つけ出して、地ならしをし、肥料を与え、周囲の間引きをして、息が出来るようにする。そして、少しでも自分らしく秘めやかにささやかに、しかし、「一寸の虫も五分の魂」と輝くように手伝うのが私の仕事なのだから。
どこに奇跡を見るかは、垣間見る人次第でもあるのです。
サヴァン症候群については、また書こうと思います。
私はウィル(ト)シャーには会ったことあるし、キムについても、いろいろと支援の実践家としては思うことがあるので、この番組をたくさんの方がご覧になったことの効果も期待するので、考えたことを、これからときどき不連続に書きたいなと思います。
不連続、不定期ですけど。