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2009年04月21日
感情修復は自己責任
社会人がカッカするのは、人から何か『理不尽』と思われる言動をされた時が多いですね。
理不尽な言動は、した人がされた相手に謝罪する、というのが、社会的真っ当な振る舞いです。
自分の言動によって他者が気分や人権を阻害される、そのことを、ちゃんと認識して自己統制するのが、社会的に自立した文化人なんですね。そう、自分の言動に責任を負うというのはこのことです。
しかし、では、謝ってもらったら、それで済みますか?
謝ってもらっても、済むこともあるし、済まない場合もあります。
謝ってもらったからといって、自分の感情が収まるようならそれも良し。でも、謝らせないと気が済まないという地点に気持ちが集中してる時は、実は、新たなステージに進んでいることに気づかないでいます。
「謝らせない時が済まない」という、自分の言動が、すでに感情的なレベルに達していて、最初に不快な言動をした犯人とまったく同レベルになってしまっているんです。同じ事をしているんです。
謝らせる、という、社会的道義的振る舞いを取ること
と
謝ってもらうこともプロセスの一部ではあるが、それがあろうとなかろうと、感情が揺れた後の修復については、自分の責任です。
カッカして相手よりももっとひどい言動をするか(しないか)
いつまでも引きずるか(そして、ひきずったことまで相手のせいにするかしないか)
それらも、自分の決断です。相手のせいじゃない。
相手には問題があるが、感情的になるかならないか、引きずるか引きずらないか、それは相手じゃなくて自分の心理的問題なんです。
そこで、自分を見つめる必要がでてきます。
・自分はどんな時にカッカする傾向があるか、
・カッカしたら、どんな言動に出る傾向があるか、
・自分としては、自分の感情コントロールおよび自分の激した感情エネルギーの放出方法の選択は、どういうふうにすることをめざしたいか、
平生から考えておくことが必要となります。
それが感情教育の一部であるし、CBT(認知行動療法)が効果を発揮する点です。
人々の自然な感情のおもむくままに任せていたら、どこでも無法地帯になりますよ。
法は、意図的なものです。
法やルールや秩序は、人間のそういう激情によってお互いを傷つけることを避けるために設定されるものです。
自分はどんな思考傾向・感情傾向・ネガティブな感情の時に取る言動パターンを持っているか、意識化し、望ましく軌道修正し、自分でモニターし、自分の生活態度や行動で確かめるんです。
厳しいけど、楽しいですよ。
自分を好きになれる方法でもあります。
なお、自分が感情的にならないようにこうしてトレーニングしても、相手が非道な場合は、自分が報復するのではなく、そのために法があります。司法に訴えるのは、賢いやりかたです。自分が感情的になって、自分まで愚かにならずに済むからです。
-----
成田です。
今回は、モントリオール。
初めてエア・カナダに乗ります。
報告は、向こうに着いてから。
まだ、肺炎から来た中耳炎が完治していないので、気圧の変化が心配。
エア・カナダの機内食のクオリティも気になる。。。(苦笑)
理不尽な言動は、した人がされた相手に謝罪する、というのが、社会的真っ当な振る舞いです。
自分の言動によって他者が気分や人権を阻害される、そのことを、ちゃんと認識して自己統制するのが、社会的に自立した文化人なんですね。そう、自分の言動に責任を負うというのはこのことです。
しかし、では、謝ってもらったら、それで済みますか?
謝ってもらっても、済むこともあるし、済まない場合もあります。
謝ってもらったからといって、自分の感情が収まるようならそれも良し。でも、謝らせないと気が済まないという地点に気持ちが集中してる時は、実は、新たなステージに進んでいることに気づかないでいます。
「謝らせない時が済まない」という、自分の言動が、すでに感情的なレベルに達していて、最初に不快な言動をした犯人とまったく同レベルになってしまっているんです。同じ事をしているんです。
謝らせる、という、社会的道義的振る舞いを取ること
と
謝ってもらうこともプロセスの一部ではあるが、それがあろうとなかろうと、感情が揺れた後の修復については、自分の責任です。
カッカして相手よりももっとひどい言動をするか(しないか)
いつまでも引きずるか(そして、ひきずったことまで相手のせいにするかしないか)
それらも、自分の決断です。相手のせいじゃない。
相手には問題があるが、感情的になるかならないか、引きずるか引きずらないか、それは相手じゃなくて自分の心理的問題なんです。
そこで、自分を見つめる必要がでてきます。
・自分はどんな時にカッカする傾向があるか、
・カッカしたら、どんな言動に出る傾向があるか、
・自分としては、自分の感情コントロールおよび自分の激した感情エネルギーの放出方法の選択は、どういうふうにすることをめざしたいか、
平生から考えておくことが必要となります。
それが感情教育の一部であるし、CBT(認知行動療法)が効果を発揮する点です。
人々の自然な感情のおもむくままに任せていたら、どこでも無法地帯になりますよ。
法は、意図的なものです。
法やルールや秩序は、人間のそういう激情によってお互いを傷つけることを避けるために設定されるものです。
自分はどんな思考傾向・感情傾向・ネガティブな感情の時に取る言動パターンを持っているか、意識化し、望ましく軌道修正し、自分でモニターし、自分の生活態度や行動で確かめるんです。
厳しいけど、楽しいですよ。
自分を好きになれる方法でもあります。
なお、自分が感情的にならないようにこうしてトレーニングしても、相手が非道な場合は、自分が報復するのではなく、そのために法があります。司法に訴えるのは、賢いやりかたです。自分が感情的になって、自分まで愚かにならずに済むからです。
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成田です。
今回は、モントリオール。
初めてエア・カナダに乗ります。
報告は、向こうに着いてから。
まだ、肺炎から来た中耳炎が完治していないので、気圧の変化が心配。
エア・カナダの機内食のクオリティも気になる。。。(苦笑)
Posted by Tomoko at 15:45│Comments(4)
│お仕事日誌
この記事へのコメント
その通りだと思います。
言い訳をする、または他人を悪者の立場にする。
自分を正当化するためにこのような行為に出ることが、相手を傷つけたり不快感を与えたりする。
そのようなことをしているうちは人間的に未熟かもしれません。
この内容を見て、感情の起伏とは理性から起こるものではないのかと思います。
言い訳をする、または他人を悪者の立場にする。
自分を正当化するためにこのような行為に出ることが、相手を傷つけたり不快感を与えたりする。
そのようなことをしているうちは人間的に未熟かもしれません。
この内容を見て、感情の起伏とは理性から起こるものではないのかと思います。
Posted by くろやん at 2009年04月21日 16:45
自分の感情が荒れるのも自分の問題ですし、それを修復するのも自分だけが出来ることだと思います。社会的に相手が誤るのが通常であってもそれは病的な社会性のためではないかとも思います。
モントリオール交響楽団は世界最高のフレンチオーケストラと聞きます。N響でタクトを振ったシャルルデュトワ氏が作り上げた名門オケとのこと。
モントリオール交響楽団は世界最高のフレンチオーケストラと聞きます。N響でタクトを振ったシャルルデュトワ氏が作り上げた名門オケとのこと。
Posted by あまがえる at 2009年04月21日 17:57
服巻先生、ありがとうございます。
私は自分を好きになりたい。そして、人のことも大切にしたいです。
相変わらずお忙しいですね。ご健康が守られますよう祈りつつ、感謝を込めて。
私は自分を好きになりたい。そして、人のことも大切にしたいです。
相変わらずお忙しいですね。ご健康が守られますよう祈りつつ、感謝を込めて。
Posted by のんまま at 2009年04月21日 19:15
謝らないと気が済まない、ですね^^;
感情自己責任論というサイトでも同じようなこと言ってますね
感情自己責任論というサイトでも同じようなこと言ってますね
Posted by なな at 2012年10月27日 21:26
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